これからの文化・芸術(アート)と福祉

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これからの文化・芸術(アート)と福祉

2月から今日までに、助成金の申請2本、そのためのプレゼン資料作成に加え、講演的なものが5本!出張が2本!
ずっと書類を書き、ずっとパワポの資料をつくり続けている。
さすがにあきた~。つかれた~。

しかし訴えていることはいつも同じで、文化・芸術と福祉をどう連携して発動していくか。
障害者の文化芸術推進活動事業や障害者文化芸術基本法関係の会議やプレゼンや、アート関係のフォーラムに参加させていただいて思うことは、福祉をアートで拡張していくことと、アートを福祉で活用していくこと。これはとてもいいアイデアだと思っているのですが、しかしこの塩梅は結構難しい。
福祉の人にはアートがわからないし、アートの人には福祉がわからない。
お互いに価値観と業界があり、ふるまい方や考え方に癖みたいなものがある。その様式がわからないと結構混乱する。

一番の難題は、巻き込まれてしまうこと。
アートの人が福祉にかかわるとたいがい、巨大な福祉業界的な価値観や、ふるまい方に圧倒され、何も言えなくなってしまう。
「あなたは当事者ではない」「福祉のことが解らない」「権利擁護とは」「個人情報は」「健康管理はどうするんだ」などなど。
そうした福祉の人たちがベースだと思っていることに対して、言葉がない。「違うんじゃないかなあ」と思ってもそれを裏打ちする、体験がないと結構言えないものだ。

反対に、福祉の人がアートに近づくと、アートの緩さというか、フラットさというか、なんでもありな、リスクを取らずにやってしまう振舞い方とか、めちゃくちゃ危険にしか見えてこない。さらに「搾取」されるのではないかといった感覚に陥る場合もある。

しかし私は思うのだが、福祉とアートがこれらを乗り越えて手をつなぐと本当に社会は変わると信じている。

つまり、福祉施設を運営しながらオルタナティブなスペースを作り出す。多様な人の居場所をアートを介在させながら作る。支援の中で硬直化してしまった関係性を、アートによってほぐす、あるいは考え方を変えてみる、見方を変えるなど。
これらは、福祉だけでもできないし、アートだけだと長続きしない。

しかしそれがことのほか難しいことを出張に出向くたびに思う。それは両方の価値観や社会観を、現場の人たちがやはり体感しないと、その交差点が見えてこない。

私たちがなんでそれらを獲得できたかといえば、22年間、アホみたいにこのことばかりを考え、トライ&エラーをやり続けてきたからだと思う。
22年前、いわゆるアート(障害者アートではない)と福祉を掛け合わすなんてと鼻であしらわれた。ましてやどっぷり重度知的障害者とアートプロジェクトの掛け合わせなんて言うのはだれも信用してくれなかった。
悔しい思いや、プチ絶望も何度も味わったけれど、やり続けていたら、道は見えてきた。
私たちの経験は今だからこそお役に立てるのではないかと思う。

そしてコロナ禍を受けて、ますます大変になっていく日本で、今こそ福祉が多様な人の居場所になるべきだし、それをアートと力を合わせて行うことが、日本の社会的資源を増やしていくことだと感じている。

たけしの自立生活が始まり、恐ろしく時間の都合がついてしまう立場になった。
私のこの稚拙な力が何かにお役に立つのであれば、私の空白の30年(家族とたけしが生きながらえるためのアートプロジェクト)もまんざらではなかったかもと思うのかも。


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