2020年07月30日17:14

最近曲を聴くのがめっきりダメになった。
聞いていると涙があふれてくる。
私は歌の歌詞があまり頭に入ってこない。歌詞カードで読めばわかるが、音に乗っている言葉がそれほど響かない。ほとんどBGM状態。
しかし、最近なぜか敏感になってしまった。
そして決まって、亡くなった夫のことを思い浮かべてしまう。
誰だって60年近く生きていれば人生のほとんどが苦しいことで構成されていることぐらいわかっていると思う。
私はつらいことはほとんど打ち捨てて、前しか見ないようにして生きてきた。
とにかく前へ、前へと。
困難も、つらいことも何かに変換して、とにかく生きながらえる。
その時に感じていた痛みや、細かな感情は感じないように、振り返らないようにしてきたように思う。
と同時に自分が本当に傷つくことも、痛むことも意図的に避けてきたのだと思う。
なんてつまらない人間だと思っている。
生きるのは上手かもしれないが。
夫は、自分の感情に正直に揺れ、傷ついたり、うろたえたりしながら、しかし常に相手のことに静かに思いをはせるのは人だった。
彼のこの振る舞いに私はいらだった時も多い。
しかし、彼がいなくなって、初めてわかることがある。
それは、彼が家族のため、私のためにどれだけ考え行動してきたか。
それを私は気が付かなかった。いや,気づこうとしなかった。
感情に蓋をしているのと同じように。
私が「弱さ」と嫌って、向き合おうとしなかったものは実は弱さではなかった。
弱さは実は強さなのだ。
悩み、痛み、それでも、誰かのために行動できる。
そんな感情をかかえ、向き合いながら、私に同じことができただろうか。
そして「ありがとう」とちゃんと伝えてただろうか。
そしてなんでそんなことに、彼がなくなってから気が付くのだろうか。
私たちの30年は本当に怒涛のように過ぎた。
本当に大変なことしか思い浮かばない。
いつも歯を食いしばってきたことしか。
しかし、やっと、たけしや娘の自立が見えてきて、私にも少し息を抜く余裕が生まれたときに、夫は先立ってしまった。
生きていればいくらでも修復できることが突然打ち切られた。
「君は一人で大丈夫だよ」
と思っていたのだろうし、愛想も尽きていたのかもしれない。
私はなんで自分の中にもあるこの弱さに向き合わなかったのか。
弱さを分かち合わなかったのか
「ありがとう」をちゃんと伝えなかったのか。
残念でたまらない。
夫がいなくなって1年半。
だんだんと感情が沸き上がってきて、どうしたらいいかわからなくなる。
それなりに大人だから、仕事も家庭も卒なくやっているが。
こうやって歌を聴いていると、無性に寂しくなる。
そしてこの涙は「さあ明日も頑張ろう!」という涙ではない。
自分の人生で失ってしまったものへの鎮魂、懺悔、そして「ありがとう」とちゃんと言えなかった自分への後悔なんだろう。
後悔≫
カテゴリー │家族

最近曲を聴くのがめっきりダメになった。
聞いていると涙があふれてくる。
私は歌の歌詞があまり頭に入ってこない。歌詞カードで読めばわかるが、音に乗っている言葉がそれほど響かない。ほとんどBGM状態。
しかし、最近なぜか敏感になってしまった。
そして決まって、亡くなった夫のことを思い浮かべてしまう。
誰だって60年近く生きていれば人生のほとんどが苦しいことで構成されていることぐらいわかっていると思う。
私はつらいことはほとんど打ち捨てて、前しか見ないようにして生きてきた。
とにかく前へ、前へと。
困難も、つらいことも何かに変換して、とにかく生きながらえる。
その時に感じていた痛みや、細かな感情は感じないように、振り返らないようにしてきたように思う。
と同時に自分が本当に傷つくことも、痛むことも意図的に避けてきたのだと思う。
なんてつまらない人間だと思っている。
生きるのは上手かもしれないが。
夫は、自分の感情に正直に揺れ、傷ついたり、うろたえたりしながら、しかし常に相手のことに静かに思いをはせるのは人だった。
彼のこの振る舞いに私はいらだった時も多い。
しかし、彼がいなくなって、初めてわかることがある。
それは、彼が家族のため、私のためにどれだけ考え行動してきたか。
それを私は気が付かなかった。いや,気づこうとしなかった。
感情に蓋をしているのと同じように。
私が「弱さ」と嫌って、向き合おうとしなかったものは実は弱さではなかった。
弱さは実は強さなのだ。
悩み、痛み、それでも、誰かのために行動できる。
そんな感情をかかえ、向き合いながら、私に同じことができただろうか。
そして「ありがとう」とちゃんと伝えてただろうか。
そしてなんでそんなことに、彼がなくなってから気が付くのだろうか。
私たちの30年は本当に怒涛のように過ぎた。
本当に大変なことしか思い浮かばない。
いつも歯を食いしばってきたことしか。
しかし、やっと、たけしや娘の自立が見えてきて、私にも少し息を抜く余裕が生まれたときに、夫は先立ってしまった。
生きていればいくらでも修復できることが突然打ち切られた。
「君は一人で大丈夫だよ」
と思っていたのだろうし、愛想も尽きていたのかもしれない。
私はなんで自分の中にもあるこの弱さに向き合わなかったのか。
弱さを分かち合わなかったのか
「ありがとう」をちゃんと伝えなかったのか。
残念でたまらない。
夫がいなくなって1年半。
だんだんと感情が沸き上がってきて、どうしたらいいかわからなくなる。
それなりに大人だから、仕事も家庭も卒なくやっているが。
こうやって歌を聴いていると、無性に寂しくなる。
そしてこの涙は「さあ明日も頑張ろう!」という涙ではない。
自分の人生で失ってしまったものへの鎮魂、懺悔、そして「ありがとう」とちゃんと言えなかった自分への後悔なんだろう。