家族の自立、私の自立

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家族の自立、私の自立


家族に何か問題が生じた時に、真っ先に解決のために動くのは母親なのではないかと思う。
そしてそれが、日本では社会的な役割として固定化しているのではないかと思っているし、結局私はそれにいつも悩んでいる。

それは家族の役割ということにもつながる。
お父さんは外に出て稼ぎ、お母さんは家族を守る。

これは私が小さい頃当たり前だったし、そう教わってきた。
たまたま私の母は進歩的で、
「女でも仕事を持ち自立しなさい」と言われて育った。

女でも仕事をするのは当たり前だと思っていたし、一人の人として(普通)に認められたいと思っていた。

しかし、たけしが生まれ仕事ができなくなり、専業主婦にしばらくなってみたのだが、その時に、子育ては楽しいと思ったが、「私個人」の人格はほぼ消えていく感覚を持った。
子どもの話はしても、「私は何をしたいか、何をしてきたか」を誰もきいてこないし、子どもを通した関係で、社会が成立してしまう。
まして、縁もゆかりもない浜松で、学生時代の友人もいないなか、関係性を構築していく中で、過去に自分が何をやってきたか、何を思考し、どう生きてきたかなんてお固い話は、ほぼタブー。
私もあえて語らなかった。

そうした行き場のない思いが、レッツという団体を立ち上げ、ジクジクと17年もやっている理由でもある。

たけしの介護のような生活は、夫と私で支えていた。
18年前に市役所に「重度の障害のある子供がいても私は社会参加したい。どこかあずかるところはないのか?」と駆け込んだところ、「お母さんがそんなに社会参加したいのなら施設に預けなさい」と言われて愕然とした。
そんな選択肢しかないのか?!
私はただ普通の事を言っているはずなのに・・・。

その違和感と悲しさと怒りは、レッツ設立への機動力となったのは確かだが。
しかしそれが本当に私がやりたかったことではなかった。しかし選択の余地もなかった。

18年経て、つまるところ、
私は家族に翻弄され、家族のために、自分の興味とエネルギーをなるべく、家族にとってもいいように活用しようとしてきた。
しかしものごとというのはそれほどうまくいくわけではなくい
でも一方で、それが「自立」の始まりなのかもしれない。

たけしにはたけしの生き方があり、
夫には夫の生き方があり、
娘には娘の生き方があり、
私にも私の生き方がある。

それらが1つの屋根の下にいないとしても、それはそれで家族の形なのかもしれない。

お互いが、一人で立つこと。

重度の障害のあるたけしは、介護的な手が必要で、それらをふんだんに使えるほど制度はできていない。
そもそも、障害者のいる家族は、家族で支えることが原則となっている。
それは、離婚する、病気になる、お金が全くなくなるなど、かなりはっきりした「破綻」が見えてこない限り福祉は手を出してこない。
最低限のセーフティーネットしか保証されていないのだ。

だからどうしても家族に依存するのは否めない。

たけしの自立までにはまだ時間がかかるのかもしれないが、家族がそれぞれ自立できた時に、やっと私の人生は始まるのかもしれない。












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この記事へのコメント
ご無沙汰しております。 
ブログを拝見させて頂きました。 
親方には駆け出しの頃に大変お世話になりました。 
親方、体調崩されたようでびっくりしました。とても心配です。  
元気に回復されることを願うばかりです。 
奥様もお体には本当にお気をつけください。  


 
Posted by 歌野 聡一郎 at 2017年09月07日 23:08
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