2016年03月28日02:24

私はもともと福祉になんの興味もなかった。
障害のある息子が生まれ、様々な療育施設、障害福祉施設、特別支援学校に親として関わった。
6年前、障害者施設を作ったが、しかしこれも、私の興味からではない。
たまたま息子が、スペシャルな障害児だったから、自分で作らなければいけなくなった。
だからか、いつまでも、どこか、福祉を外側から眺めているところがある。
福祉の関係者との会議や話の中でいつも違和感を感じるのは、福祉施設の人たちが言う、「地域」「地域資源」が、「地域にある福祉施設」のことであることだ。
普通、地域、地域資源といえば、障害を全然知らない、知識がない、あるいは理解がない、普通の人々のことだし、図書館、学校、公民館など、一般な人が使う場所を指す。
「私たちはそういうところとも連携している」とおっしゃっるのだが、どうも話が噛み合わないなあと思っていると、彼らの地域は、自分のところ以外の福祉関係機関のことだったりする。
障害福祉の人たちは、いわゆる「地域」を意識していない。
それはある意味当然で、本来利用者が、健やかに、毎日を過ごす生活環境を整えることが第一義で、その生活を乱すかもしれない、「外部の人」を取り込みたいとは思わない。
2000年のレッツ立ち上げから思っていることは、障害の人たちが固まって暮らしたり、いる場所は、そこには安心、安全な社会が形成されているかもしれないが、一歩外に出れば、誰も彼らを知らない、理解しない人たちばかりだという現実がある。
そこをどう変えていくのか。インクルージョンしていくのか。
それがレッツの活動の根幹であり、ミッションだ。
しかし、私たちの理念は、障害福祉の中では一般的ではない。
障害福祉施設には、守るべき何かがあり、決して、開こうとはしていない。
そういう人材を受け入れていないし、怪しいこと、わけのわからないことにチャレンジするのは、大きな施設になればなるほどできなくなる。
それは至極当たり前のことのようにも思う。
そうした中で、障害者のアート活動を見ていくと、障害福祉側が捉えるアート活動を、障害の人たちの「新しい仕事になる」と捉えている。
つまり、作品を作るのも、商品を作るのも、パンや、作業と同じように、毎日のルーチンの1つとして、「お仕事」で、そして(パンや作業の方がはるかに賃金は稼げるのではないかと思うが)収入を稼ぐ方法となっている。
もちろん、障害の重い人が、作品づくりや商品作りを通して、尊厳や自信を回復していくといったメリットはある。
しかし、このこと自体が極めて福祉的だと思えてならない。
もっと言ってしまえば、それはアートではない。
レッツはアサヒアートフェスティバル、福武財団など、全国の地域での様々なアートプロジェクト団体に支援を行っている両財団に、長年応援をしていただいている。
8年~10年応援していただいているその理由は、障害の人のありかた、見え方を変えようと試みているところなのではないかと思っている。
両団体とも、全国のアートNPOを支援する、その願いは、アート活動を通して、社会側の構造や、規制、価値観の固定化に、何らかの「変革」を試みることだ。
過疎、貧困、少子化、地域おこし、歴史、震災、など、それぞれの地域のかかえる課題を、アートと言う方法を通して、出来ることは何かを、多くの団体が試行錯誤している。
そして、その殆どに共通しているのは、その課題に対して、問題を解決していくというよりも、その問題の捉え方自体を「変える」ことを行っている。
アートは、そこにある人、こと、物ごとに対して、深く考察し、寄り添い、問題を顕在化し、解決といった方法とはまた違った方法で提示する。
それによって、その人、こと、物ごとの「捉え方」が変わる。または変わる兆しが見える。
それがアートなのだと思う。
福祉の人たちが捉えるアートは、例えば、作品を作る、商品を作る、お金になる、仕事になるといった事々だ。そんな結果がはっきり見えることは、アートではないだろうと思えてならない。
それよりも、
障害福祉施設が、覚悟を決めて、地域に開こうするようになる。
関係者だけでなく、普通の人たちに、障害のある人のことを伝えようとするようになる。
いわゆる、支援、介護と言われているものの、新しいとらえ方を開発することが始まる。
地域の障害者施設のあり方が、変わる。
利用者とスタッフ、親、関係者の、今までにない関係性作りが始まる。
など。
そうしたことが「起こるきっかけ」がアートにあるとは思う。
それには、同じ価値観の、同じ職能の人たちだけで共有、共感していては何も起こらない。
違和感、いざこざ、問題も含めて、波風を立てること。
それは最も福祉が嫌うことであることも十分承知している。
それを、平気でやってしまうレッツはやはり、「異端児」扱いされている。
しかし、これだけ、アートが隆盛している昨今。
少しづつ、同じことを考えている障害施設がでてきているし、私たちが努力して、仲間を増やしていかなければいけない時期にも来ていると思う。
そもそもレッツの活動など小さな活動だ。
しかし、小さいなりに、言っていかなければいけないこともある。
アート隆盛のこの時期だからこそ、言わなくてはいけなくなってきた。
しかしですよ。
アートはとてもわかりにくさも孕んでいる。ということはつまり、一般的ではないということだ。
ここがデメリットでもある。
だから理解されていかない。
変革の根幹はアートだとしても、表層、広報として、アートを打ち出すのはむしろマイナスなのではないかと思うのだ。
さてどうやっていけばいいだろう?
(次回)
障害者アートの現状と考察2~障害者施設とアート~≫
カテゴリー │レッツ

私はもともと福祉になんの興味もなかった。
障害のある息子が生まれ、様々な療育施設、障害福祉施設、特別支援学校に親として関わった。
6年前、障害者施設を作ったが、しかしこれも、私の興味からではない。
たまたま息子が、スペシャルな障害児だったから、自分で作らなければいけなくなった。
だからか、いつまでも、どこか、福祉を外側から眺めているところがある。
福祉の関係者との会議や話の中でいつも違和感を感じるのは、福祉施設の人たちが言う、「地域」「地域資源」が、「地域にある福祉施設」のことであることだ。
普通、地域、地域資源といえば、障害を全然知らない、知識がない、あるいは理解がない、普通の人々のことだし、図書館、学校、公民館など、一般な人が使う場所を指す。
「私たちはそういうところとも連携している」とおっしゃっるのだが、どうも話が噛み合わないなあと思っていると、彼らの地域は、自分のところ以外の福祉関係機関のことだったりする。
障害福祉の人たちは、いわゆる「地域」を意識していない。
それはある意味当然で、本来利用者が、健やかに、毎日を過ごす生活環境を整えることが第一義で、その生活を乱すかもしれない、「外部の人」を取り込みたいとは思わない。
2000年のレッツ立ち上げから思っていることは、障害の人たちが固まって暮らしたり、いる場所は、そこには安心、安全な社会が形成されているかもしれないが、一歩外に出れば、誰も彼らを知らない、理解しない人たちばかりだという現実がある。
そこをどう変えていくのか。インクルージョンしていくのか。
それがレッツの活動の根幹であり、ミッションだ。
しかし、私たちの理念は、障害福祉の中では一般的ではない。
障害福祉施設には、守るべき何かがあり、決して、開こうとはしていない。
そういう人材を受け入れていないし、怪しいこと、わけのわからないことにチャレンジするのは、大きな施設になればなるほどできなくなる。
それは至極当たり前のことのようにも思う。
そうした中で、障害者のアート活動を見ていくと、障害福祉側が捉えるアート活動を、障害の人たちの「新しい仕事になる」と捉えている。
つまり、作品を作るのも、商品を作るのも、パンや、作業と同じように、毎日のルーチンの1つとして、「お仕事」で、そして(パンや作業の方がはるかに賃金は稼げるのではないかと思うが)収入を稼ぐ方法となっている。
もちろん、障害の重い人が、作品づくりや商品作りを通して、尊厳や自信を回復していくといったメリットはある。
しかし、このこと自体が極めて福祉的だと思えてならない。
もっと言ってしまえば、それはアートではない。
レッツはアサヒアートフェスティバル、福武財団など、全国の地域での様々なアートプロジェクト団体に支援を行っている両財団に、長年応援をしていただいている。
8年~10年応援していただいているその理由は、障害の人のありかた、見え方を変えようと試みているところなのではないかと思っている。
両団体とも、全国のアートNPOを支援する、その願いは、アート活動を通して、社会側の構造や、規制、価値観の固定化に、何らかの「変革」を試みることだ。
過疎、貧困、少子化、地域おこし、歴史、震災、など、それぞれの地域のかかえる課題を、アートと言う方法を通して、出来ることは何かを、多くの団体が試行錯誤している。
そして、その殆どに共通しているのは、その課題に対して、問題を解決していくというよりも、その問題の捉え方自体を「変える」ことを行っている。
アートは、そこにある人、こと、物ごとに対して、深く考察し、寄り添い、問題を顕在化し、解決といった方法とはまた違った方法で提示する。
それによって、その人、こと、物ごとの「捉え方」が変わる。または変わる兆しが見える。
それがアートなのだと思う。
福祉の人たちが捉えるアートは、例えば、作品を作る、商品を作る、お金になる、仕事になるといった事々だ。そんな結果がはっきり見えることは、アートではないだろうと思えてならない。
それよりも、
障害福祉施設が、覚悟を決めて、地域に開こうするようになる。
関係者だけでなく、普通の人たちに、障害のある人のことを伝えようとするようになる。
いわゆる、支援、介護と言われているものの、新しいとらえ方を開発することが始まる。
地域の障害者施設のあり方が、変わる。
利用者とスタッフ、親、関係者の、今までにない関係性作りが始まる。
など。
そうしたことが「起こるきっかけ」がアートにあるとは思う。
それには、同じ価値観の、同じ職能の人たちだけで共有、共感していては何も起こらない。
違和感、いざこざ、問題も含めて、波風を立てること。
それは最も福祉が嫌うことであることも十分承知している。
それを、平気でやってしまうレッツはやはり、「異端児」扱いされている。
しかし、これだけ、アートが隆盛している昨今。
少しづつ、同じことを考えている障害施設がでてきているし、私たちが努力して、仲間を増やしていかなければいけない時期にも来ていると思う。
そもそもレッツの活動など小さな活動だ。
しかし、小さいなりに、言っていかなければいけないこともある。
アート隆盛のこの時期だからこそ、言わなくてはいけなくなってきた。
しかしですよ。
アートはとてもわかりにくさも孕んでいる。ということはつまり、一般的ではないということだ。
ここがデメリットでもある。
だから理解されていかない。
変革の根幹はアートだとしても、表層、広報として、アートを打ち出すのはむしろマイナスなのではないかと思うのだ。
さてどうやっていけばいいだろう?
(次回)